72図6 デンマークの市民社会における 高齢者主体の活動出所:筆者作成ある。その活動に対し、コムーネはまったくかかわらないのではなく、コムーネにボランティア担当を置き、補助金も出している。エルドア・セイエンのような団体は全国組織であり、さまざまな支援が中央本部からもなされるため、一過性ではなく、持続性を持っている。さらに、コムーネにおける高齢者への施策に対して、公選による委員で構成される高齢者委員会がしっかりと監視しているという構図である。日本も近年は自治体が市民参加を前提として、都市ガバナンスの一環としてさまざまな参加のための装置を整備してきている傾向にある。辻中ほか(2019)によれば、市民と行政による協働型の「市民会議・ワークショップ」が増えてきている傾向にあるという。しかし市民側からの働きかけではなく、行政からの働きかけによるものも多く、市民社会の成熟へ向かう都市ガバナンスとしては「まだらの発展状況」であり、「踊り場に差し掛かっている」とも指摘している。市民社会の活動とは、相互のやり取りと自発性をもとにしたものであり、それでこそ意味が出るのである。権威主義のように、誰かがいくつかの情報をもとに独断で上からものごとを決める、ということは、市民社会の中ではあってはならない。地域包括ケアを補完する、いや、一翼を担うべき市民社会が活動を持続的に行っていくには、他人に決定を任せがちで受動性が強い日本人がもっと民主主義を獲得し、市民社会を成熟させていかなければならない。デンマークは小国でありながらも、常に最先端をいく福祉を実現している。それには、市民が自ら参加し、常に施策を監視しているからである。いい加減な福祉施策に税金を使わせない、という意識を市民が持っていれば、おのずと多職種連携も当然であり、統括されたケアプログラムが必要となる。その中心には市民に一番近いコムーネが位置づけされ、回していく責任が生じるのは当然のことなのである。デンマークにも、もちろんさまざまな課題がある。小さな国として、政策の決定までに多大な時間を要さずに小回りが利くのはいいが、ときに大きな改革をどんどん行っていく中で、社会的弱者がおきざりにされがちでもある。高齢者福祉についても、ICTの活用は今後避けられないものであり、大切ではあるが、付いていけない高齢者から厳しい声が挙がっているのも事実である。しかしながら、在宅ケアのように、施設ケアより費用はかからず、住み慣れた家に可能な限り長く生活できるという、行政も市民もウィンウィンのサービスを推進していく方向性は不変である。財源不足を理由にしたサービスの低下は、声を挙げる高齢者が絶対に認めないからである。日本においても、可能な限り在宅生活を続けられるようなケアは、昔に比べて進んできている。しかしながら、24時間在宅ケアのような手間もお金もかかる分野については、「家族介護」で処理されている。そうした現状を一足飛びに打破していくのは容易ではない。そのためにも、国民がしっかりと政治・施策に関心を持ち、地域社会を支えていく活動を進めていくことは大きな変革の礎となるはずである。高齢者主体の活動高齢者主体の活動高齢者委員会民間事業者Ⅴ. まとめコムーネ高齢者
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