67健保連海外医療保障 No.134さまざまな国がひしめくヨーロッパの小国であるデンマークにとって、グローバルな競争は常に身近な存在である。そうした環境で勝ち抜くには、情報のデジタル化やICTの活用は不可欠である。デンマークでは現在、一般市民はもとより、高齢者も障害者も行政サービスへのアクセスは市民ポータルを利用しなければならない。もちろん情報弱者に陥りがちな高齢者などへは、ICTの利用に関する使い方教室から、より使いやすくする技術の開発なども推進されている。また、福祉分野におけるICT技術の活用も積極的に行われており、それらの技術を総称して、「ウェルフェアテクノロジー」と呼んでいる。高齢者分野でいえば、介護職同士のやり取りや記録を付ける専用のスマホから、高齢者の行動パターンをセンサーで測って天井リフトを安全に動かす技術であったり、認知症の人が歩き回ったり、外出してしまう場合のための衣服に取り付けるGPSなどがある。こうした技術をただの技術ではなく、実用性のあるものとして発展させていくには、官民学が力を合わせる必要がある。そのため行政、開発企業、介護職養成機関、大学、病院などの関連団体のネットワーク「CareNet」も立ち上がっている。CareNetでは、全国的な大会が毎年開催され、さまざまな発表や情報交換が行われている。こうした結果、介護職には、ウェルフェアテクノロジーの理解が必要であり、養成課程の学修内容に組み込まれたり、勤務しながらでも参加できる研修も開催されている。また、ウェルフェアテクノロジーを普及、啓発、開発していくために、全国に設けられた職業教育ナレッジセンター10か所のうち2か所がウェルフェアテクノロジーを専門としている。たとえば、西部ナレッジセンターでは、ウェルフェアテクノロジーの教育素材をネット上で公開している。教育課程は、対象職種ごとに「知識」「使用」「評価」の3段階に分けられている。こうして介護現場では、ICTの利用を前提として実践が行われるようになってきている。日本の介護保険制度では、介護保険料と税金を投入しながらも公的な支出は抑え、残りはいまだに本人や家族など公的ではないアクターが面倒をみることが前提となっている。そもそも介護保険が創設されたときの目的と基本理念は以下のとおりである。① 利用者の選択と事業者との契約を基本とした高齢者介護の社会化② 市場機構を利用した多様な主体の参入によるサービス供給量の確保③利用に応じた公平な負担(応益負担)④社会的入院の是正、高齢者の権利擁護⑤地方自治の振興出所:『保健医療福祉行政論』(府川ほか 2022)介護保険は、民間事業者の参入や保険料による財源確保によって、行政の裁量に大きく任されていた措置制度の時代よりも、サービス量の増加や財源基盤の確保、高齢者の尊厳と権利を守るケア体制を整えようとした制度であり、大きな前進であった。しかしながら、制度がはじまって整備が進み、2006年から地域包括ケアシステムの構築が始まるようになって、各地域で構築の努力は続けられてきているが、地域包括ケアシステムの中で重要な要素として示された「医療」「介護」「住まい」「生活支援」「介護予防」のそれぞれの進捗に、地域によってばらつきが目立つようになってきた。厚生労働省は50自治体の構築事例をホームページで紹介しているが、Ⅳ. デンマークの高齢者ケアの特徴と 日本への示唆これまでに在宅ケアを中心としたデンマークの高齢者ケアについて述べてきた。これからは、近年の話題とデンマークの高齢者ケアをならしめている背景についてより詳しく触れてみたい。1. ウェルフェアテクノロジーの活用2. 法に裏付けされた自治体の責任
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