健保連海外医療保障_No.134_2024年9月
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注1) 本稿では、イングランドの制度について言及する。現在、NHSは法制度上、連合王国を構成する各国ごとの制度となっている。53健保連海外医療保障 No.134介してきた内容に即して、日本の状況への示唆について私見を述べたい。Ⅰにおいて、イギリスでは現在、統合という形で提供体制における連携の枠組みが整えられてきていることを示した(統合ケア・システム、統合ケア・パートナーシップ、プライマリ・ケア・ネットワーク)。これに関しては、医療を軸にするのか、福祉に寄せるのかの違いはあれど、医療と福祉の垣根を越えたサービスの連携に向けた取り組みは、もちろん、日本でも進められてきているところである。ただ、イギリスの連携のうち、最前線のPCN、とりわけ、診療所の連携という点については、日本でももう少し検討してもよいのではないか、と考えている。地域における病院と診療所との間の病診連携はしばしば言及されるところ、診診連携についてももっと議論が行われるべきであろう。イギリスのPCNのように、互いを補完しあうような関係はもとより、高度医療機器を備えている診療所を含めることでネットワーク型の「病院」(専門医療を提供する、というイギリス的意味においての)を形成することもありうる。またそのネットワークの中に、他の職者を含め、日本型のPCNを構想することはできないだろうか。このようなネットワークは地域のレジリエンス強化にもつながると考える。次に、Ⅱでは、イギリスの医療保障の特徴を踏まえた上での、プライマリ・ケア、セカンダリ・ケア・レベルでの在宅推進の一端として、ICTの活用について触れた。医療分野におけるICTの活用では、イギリスは最先端であると言われる。上述したPCN他のネットワーク形成の実効性を担保するためのデジタル技術の活用のみならず、患者に対するICT活用が盛んに行われている。この点も大いに参考になるのだろう。このとき、様々な診療レベルにおいて、サービス提供の具体的な方法としてどこまでICTを取り入れるのか、という点もさることながら、イギリスのように、試行錯誤とエビデンスによる検証を重ねていくことが重要であるように思う。また、イギリスでも指摘されているように、いわゆるデジタル・ディバイドへの配慮は十二分に行う必要があろう。ただ、デジタル・ディバイドを懸念して着手しない、では前に進まない。イギリス的思考でいえば、デジタル・ディバイドがあることを前提に、その問題の克服と合わせて考えていく必要があるのだ、ということになろう。Ⅲの社会的処方という取り組みは、健康の不平等の是正への関心など、医療の根本にある社会的側面への配慮という点で、大いに参照すべきものであるといえる。ただ、この展開の背景にはイギリスの医療保障の特徴(NHSでのGPサービスの利用の実態とGPの本来業務の回復の目的)などがある点も踏まえると、日本ではまた違った形の試みであって良いのではないか、と考える。その場合重要なのは、誰がつなぐのか、という点と、どこへつなぐのか、という点ではないだろうか。また、イギリスのGPサービスのようなものが存在しない中で、アウトリーチの問題をどう克服するかも課題であるように思う。Ⅳの妊娠中絶をめぐる状況の変化への対応は、イギリスの現実主義的な対応の一端を示すものだと考える。コロナ禍で図らずも直面することになった医療での数々の変化を、前に向かってつなげていくその姿勢こそ、我々が見習うべきものなのかもしれない。付記 本研究はMEXT科研費JP22K01187の助成を受けたものである。2) イギリスの医療保障制度の基本構造の概略は、国京則幸「NHS改革のもう一つの側面—法学からの考察」健保連海外医療保障104号、15-22頁なども参照。3) 租税のほか、所得保障制度の財源として徴収されている国民保険からの拠出金が主要な財源となっており、利用者から徴収する費用は全体の

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