健保連海外医療保障_No.134_2024年9月
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0を感じてサービスを利用する場合、NHS登録によりかかりつけが決まっており、また、すべての人が費用負担なしで利用できる医療は、単純に、利用しやすいものなのである(予約などの手間はあるものの)。さらに、GPは患者の健康問題全般を扱うことを専門としている医師であり、契約を通してNHSに参加する中で、診療所に登録されている市民の、継続的かつ全人・総合的な健康サポートを行う責任を負うことになっている。結局、このような医療保障の特徴ゆえに、SDHを抱えた市民がGPのもとを訪れることになっているため、GPが本来の臨床業務を行うために(併せて、そのような市民・患者への根本的対応として)社会的処方を行わざるを得ない、というのが、イギリス的コンテキストであるように思われる。ただ、それでもなお社会的処方の意義、とりわけ、医療の問題としてあらわれてくる、その根本にあるSDHの存在—しばしば、複雑に絡み合った困難な問題—に目を向け、これをひとつずつ解きほぐしながら様々な「かかわり」によって対処していこうという試みは、大いに参考にすべき点であると考える。ところで、日本でこのような取り組みを実践することを考える場合、現行制度を前提にする限り、イギリスのような、医師を起点とする、いわば「医療モデル」にこだわる必要はないのではないだろうか。日本の開業医を前提にする0000049健保連海外医療保障 No.134みと位置付けられる。そして、医療におけるSDHへの着目など注目すべき点が多々ある一方で、いくつかの疑問も生じてくる。その一つは、イギリスの医師も極めて多忙であり、また、SDHに着目するならば、イギリスには、福祉における「ソーシャル・ワーク」が存在するにもかかわらず、なぜ医師を起点とする新しい取り組みなのだろうか、という点である。これは、イギリスの医療保障の特徴(NHSにおける、サービス利用方法/不平等の是正という社会的側面からの医療への関心/報酬体系と、GPという医師の特殊性)という点から理解することができる。イギリスにおいては、何らかの不調とき、標榜する診療科を目的に受診する患者のSDHへの対処という困難さや、医師法上の応招義務等との関係、診療報酬上の位置づけなど、現実的、理論的にもかなり検討の余地があるように思われる。それよりは、やはり、福祉の領域で展開されてきている「地域包括ケアシステム」の拡張と、いわゆるアウトリーチという点から検討する方が、日本の実情にはあっているのではないだろうか。また、リンク・ワーカーについても、日本の場合には役割に親和的な職や資格は存在しているので、そのようなものを手掛かりに、制度化(するかしないかも含めて)の議論を行うべきだと考えている。日本においてすでに社会的処方の活動に取り組んでいる先進事例も存在する32)ので、そのような先駆的な取り組みや先行研究をもとに今後も引き続き検討を続けていきたい。次に、コロナ禍を経た変化、在宅という点から、イギリスの産科医療および妊娠中絶について紹介しておきたい。イギリスでは、出産もNHSの「出産サービス」として取り扱われ、他の一般の医療と同様に、妊婦は、費用負担なしで妊娠・出産前ケアを受け、分娩を行うことができる。一般的な出産サービスの利用の流れは次のようなものである。まず、妊娠をした者は、10週までに、助産師(midwife)かGPにアポイントを取り、妊娠・出産前ケアを受ける。この内容は、① 都合10回の妊婦健診(出産経験がある場合は7回)33)②スクリーニング検査(胎児検査)③血液検査(梅毒、HIV、B型肝炎など)④遺伝性血液疾患の検査などである。これらの健診の記録は、健診の 初回に交付される、マタニティー・ノート(maternity notes)と言われる日本の母子健康手帳類似のものに記録されていく34)。あわせて、Ⅳ. イギリスの出産サービスと妊娠中絶1. イギリスの出産サービス

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