本稿では、イギリスで現在進められている、地域における保健・医療と福祉等の連携—4つの「統合」—について、そのしくみと論理を紹介、検討する。併せて、プライマリ・ケア・レベルでの医療を中心に、往診(訪問診療)の変化に触れつつ、いわゆるICTの活用と職者間の連携による在宅ケアの推進の取り組みや、セカンダリ・ケアでの「バーチャル病棟(virtual wards)」と言われる「在宅病院」(hospital at home)について紹介したい。また、地域での連携の新しい形として、イギリス発祥の取り組みと言われる「社会的処方」(social prescribing)と、在宅ケアとの関連では、コロナ禍を経た変化の例として妊娠中絶についてもみていきたい。40はじめに、イギリス1)の医療保障の概要について、本稿の検討に必要な点に絞って指摘、確認しておきたい2)。イギリスには、日本の公的医療保険に相当するものとして、国民保健サービス(National Health Service. 以下、NHS)という医療保障制度がある。これは、一言でいうと、公共サービスとして医療を提供するしくみであり、医療サービスを提供するための財源の大部分を租税で賄っている3)。このNHSの基本原理は、次の3点である。①全住民が利用可能であること②医療サービス利用時、原則無料であること③ (拠出等、支払い能力ではなく)臨床上の必要性に応じてサービスを利用できることこの基本原理は、1948年の制度創設当初から変わっておらず、現在の基本法である2006年NHS法(National Health Service Act 2006(c.41). 以下、2006年NHS法)は、イングランド市民に対して包括的な医療サービスを増進していくことを大臣の義務としており(1条1項)、併せて、サービスの提供は、法律で明文の規定を置く場合を除き、無償で行わねばならない(1条4項)としている。さらに現在、大臣は、当該保健サービスから得ることができる利益に関する国民の間の不平等を是正する必要性に配慮しなければならない(1C条)4)。近年のNHS改革でも、特にこの「不平等の是正に向けた配慮」は重要なポイントとなっている。経済的事情によらず全住民が等しく医療を受けることができ、医療へのアクセスが保障されているNHSにあっても、個々の住民が、この医療保障制度から得る利益=健康という点については、むしろ格差の存在が—NHS発足から70年余経った今もなお、そしてコロナ禍を経てますます—指摘されてきている。このような不平等は是正されるべきものである、と法律に明記されるに至っている点は特筆すべきであろう。結局、健康の問題は、医療への平等なアクセスの確保のみでは不十分であり、相関のある社会的・静岡大学 教授国京 則幸Kunikyo NoriyukiⅠ. 現在のイギリス医療保障の概要1. 国民保健サービスの基本原理特集:在宅ケアと地域連携イギリスでの地域連携と在宅ケアについて
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