注1) 韓国でも以前は「不妊治療」という言葉を用いていたが、現在では「難妊治療」という用語を用いることが多い。「不妊」と「難妊」は医学的に同じであるが、「不妊」は妊娠自体が、まったく不可能であるという印象を持たせるものであり、現在までは妊娠していないが今後の努力を通じて妊娠が可能である、という意味で「難妊」という用語を好んで使用する状況にある。「不妊」という用語も使用され、それは明確な何等かの疾患などのために妊娠ができない場合を指す。本稿では、医学的には同じであること、日本では一般的に「不妊治療」と呼ぶことから、不妊治療で統一して用いる。69健保連海外医療保障 No.133ても廃棄される卵子の個数が相当量に上ることが倫理的課題として指摘されている(イ・ギピョンほか2021)。また、生殖補助医療に関する生命倫理法と母子保健法の2つの法律から抜け落ちる倫理的課題があり、生殖補助医療を統括的に扱う新たな法制度の導入の必要性も指摘されている(イ・ヒョンアほか2017)。そして、人工妊娠中絶についての議論が起きている。2019年に人工妊娠中絶について違憲判決が出たものの具体的な法整備が進んでおらず、実質的に効力が発揮されない状態にあることが課題となっている16)一方で、人工妊娠中絶の違憲判決は、女性の権利の侵害になりかねないとの声も上がっている。生殖補助医療とかかわる生命倫理については,人間の命をどう考えるか、妊娠し出産する体をもつ女性の個々人の生き方や権利をいかに考えるかなど、まだまだ検討されなければならない課題が多い。2021年から進められている第4次低出産・高齢社会基本計画では、第3次までの政策評価を踏まえ、それまでとは異なる「基本観点の転換」(保健福祉部2020:40)が示されており、上記の課題と関連してその内容には興味深い点がある。同計画では、第1に、それまでの個人を労働力や生産力の基盤としてみる「国家発展」ではなく、「個人の生活の質の向上」に、第2に、全国民がライフステージによる個別化された生活の権利が保障されることで「すべての世代がともに幸福な持続可能な社会」を実現するというビジョンに焦点を当てている。そのような観点から、「生涯全般の性・再生産権の保障および安全な妊娠・出産支援」という課題が導き出されている。そのような観点、課題を掲げた背景として同計画では、まず、国際社会の人口政策は、性・再生産権およびリプロダクティブヘルスを人権として定め、情報・相談・教育および保健・医療サービスまで包括的に保障していること、次に青年のライフプランの変化、リプロダクティブヘルスの悪化、環境的変化など、妊娠可能な時期を中心とした妊娠・出産の健康支援のみでは健康の持続性の側面では限界があること、そして自律的であり平等で、安全な避妊、妊娠の維持・終結、健康な妊娠・出産全般の健康保障を求める社会的な動きが拡大する傾向にあることなどを取り上げている。以上のような第4次低出産・高齢社会基本計画で個人の生活の質の向上や生涯全般にわたる性・再生産権の保障および安全な妊娠・出産支援に着目するに至ったことは注目に値する。また、法律婚以外の多様な家族のあり方の受容、個人単位の社会保障制度の構築という課題も提示されており、その点も興味深い。今後、性・再生産権およびリプロダクティブヘルスが人権であるという視点からの少子化対策が、周産期医療と生殖補助医療に対する公的保障にかかわってくると考えられ、いかに拡充されていくのか注視したい。これから出産費用の保険適用化や無痛分■17)を導入する方向で議論している日本にとって、すでにそれを経験しつつ課題もみられる韓国は、参照すべき事例であるといえるのではないだろうか。2) 国民健康増進法にもとづき、たばこには健康増進負担金が課されており、たばこ製造業者や輸入販売業者などが負担することになっている。3) セマウル診療は、1972年に大韓病院協会とソウル市が共同して、非営利の医療機関が中心となってソウル市内に居住する貧困層を対象に慈善的に診療を行ったもので、その診療券をセマウル診療券と呼んでいた。
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