韓国では、「伝染病の予防および管理に関する法律」で定める感染症に対して、自治体の長が予防接種を実施することとなっている。2023年現在、同法にもとづいて18種類の感染症が予防接種の対象となっており、国は「国家予防接種事業」(NIP:National Immunization Program)の一環として予防接種の費用を支援している。この間、予防接種の対象範囲の拡大や接種率の引き上げ、予防接種記録の効率的かつ効果的管理、また予防接種後の異常反応管理の体系化および被害補償の拡大などのための政策的努力が行われ、量的拡大や質的向上の面でさまざまな成果を上げてきた。 ただし、いまだに課題も少なくない。感染症予防のために何より重視される接種率の向上と維持という従来からの継続課題もあれば、コロナ禍で、予防接種による深刻な被害の発生とそれに対する政府の不十分な対応、またそれによる国民の予防接種に対する不安の増大と信頼の低下などといった課題が近年改めて注目されている。 本稿では、まず、韓国における予防接種のこれまでの経緯を簡単に紹介したあと(Ⅰ)、つぎに、国家予防接種事業およびその関連事業の内容と現状を検討する(Ⅱ)。それをふまえて最後に、韓国における予防接種の課題および示唆についても簡単に述べたい(Ⅲ)。53健保連海外医療保障 No.132韓国における予防接種は、1882年に天然痘ワクチンの接種を実施したことから始まったとされる。表1はそれ以降の予防接種の歴史的展開を、主にその対象の拡大を中心に整理したものである。それに沿って、ここでは韓国の予防接種のこれまでの経緯を簡単に紹介したい。韓国における予防接種は、朝鮮時代末期の1882年に、医師の池錫永(チ・ソギョン)が全州城内に牛痘局を設置し、天然痘ワクチンの接種を実施したことがその始まりであった(キム・ヨンテク 2005;コ・ウンヨン 2007;イ・ジョング/チェ・ウォンソク 2008;イ・ソックほか 2012など)。1895年には、大韓帝国の内部令として種痘規則が制定され、また1898年には地方種痘細則が制定され、それにもとづいて内部衛生局で天然痘に対する予防接種が行われた。日韓併合(1910年)後は、日本の植民地支配下の1912年に、朝鮮総督府の衛生課が天然痘とコレラワクチンを生産し、予防接種を実施したという記録が残っている(イ・ジョング/チェ・ウォンソク 2008;イ・ジョング 2000)。1945年に植民地支配が終わり、1948年までの米軍政下では、中央防疫研究所(植民地下の1945年7月に「朝鮮防疫研究所」として設立)東京大学大学院人文社会系研究科准教授金 成垣Kim Sung-wonⅠ. 歴史的展開1. 予防接種の始まり特集:諸外国における予防接種について韓国の予防接種―歴史、仕組みと現状、課題
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