37健保連海外医療保障 No.132中でも健康維持については、国による医療保障制度の整備だけでなく、国民に対しても健康を保つ義務があることや疾病予防や治療に対し協力する義務があることを認識すべきである、と述べられている2)。つまり、『ベヴァリッジ報告』では、健康維持のために予防接種や健康診断を受けることは、国民が行うべき健康維持への協力という位置付けとなる3)。現在、イギリスでは予防接種は義務ではなく、接種するか否かは個々人の判断に委ねられている。そのため、NHSは予防接種を多くの人々が受け、国民に集団免疫をつけることの重要性を様々なツールを用いてアピールしている。それと同時に、予防接種による健康被害を受けた場合、経済的な支援を目的とした補助金支給などの制度もある。本稿では、まずイギリスで行われている予防接種政策を概観する。若年層への免疫獲得のために設けられている予防接種のスケジュールや、それを実施する体制、ワクチンによって健康被害を受けた場合の経済的支援といった政策内容を明らかにする。国民が自身の健康を維持する努力をすべきであることは『ベヴァリッジ報告』でも述べられていたが、21世紀になりNHSを支える一員としての意識をより高めるきっかけとなったと考えられる、『NHS憲章』の内容にも触れる。『NHS憲章』では、国民は医療サービスを受けるだけの存在ではなく、医療サービスや制度の良い点・悪い点について意見を言う権利があり、より良いNHSを構築していくことに貢献する存在として認められている。その権利を行使するための、患者が医療サービス提供者に対して苦情を申し立てられる制度を紹介する。イギリスでは患者には受けた医療サービスに不満を申し立てる権利があり、各種医療サービス提供者はそれに対して正式に回答をする義務がある。日本にはないこうした制度の存在は、予防接種などの健康維持に対する意識に加え、医療サービスを受ける際の患者の姿勢にも影響を及ぼすと考えられる。さらに、患者が提供された医療サービスに不満を持たないよう、医療サービス提供者側の意識も変えることになるであろう。このような制度によって、患者と医療従事者双方が真剣に向き合う姿勢をとりやすくなる。患者が苦情を申し立てる権利があることで、医療サービス提供者側には、より責任感が生じ、医療サービスを安心して受けられるようになる。これは、医療保障制度を担う人々が果たすべき責任と役割を明確にすることで、診療や治療のみならず予防接種などの公衆衛生に対する行動にも影響を与える可能性があることを示唆する。イングランドの予防接種政策4)は、独立した専門家委員会からも助言を受けつつ、Department of Health and Social Care(=保健省:以下DHSC)で策定される。DHSCはそれぞれの予防接種が目標とする接種率の水準など、全体的な方針を設定するが、その実施主体はDHSCではなく、NHS England(=NHSイングランド)である5)。予防接種によって得られる集団免疫により、病気の蔓延そのものを防ぐことも重要であるが、様々な理由によりワクチンを接種できない人達に病気をうつさないという側面からも重要視されている。イギリスの予防接種は14種類が設定されており、その大半が子どもの頃に接種されるが、中には帯状疱疹ワクチンのような70〜79歳を対象としたものもある6)。イングランドが目指す標準的な定期予防接種の接種率は、5歳児時点で95%である。これはWHOが目標として設定した数値に合わせている。その目標達成のため、様々な機関が協力して予防接種を軸とした免疫プログラムを構築している。未就学児や成人の予防接種はNHSイングランドの監督責任のもと、通常は登録しているGPの診療所で行われるが、Child Health ClinicⅡ. 予防接種政策およびスケジュール1. 予防接種政策(1) 子どもへの予防接種プログラム
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