ドイツにおいて、予防接種の制度の枠組みは、感染症防護法に定められている。標準的な予防接種は、16(2023年時点)の疾病を対象として公的に勧奨されており、それら予防接種の費用は、全額医療保険が負担している。また、接種が任意であるため、接種率を高めるための啓発に力が入れられている。予防接種による健康被害に対する公的な補償給付は、戦争の犠牲者である旧軍人に対する給付に準じているが、健康被害の認定を受けることは相当困難である。1健保連海外医療保障 No.132現代のドイツにおいて、予防接種を受けるかどうかは、各人が自己決定する事項と考えられている1)。これは、ドイツでは、自らの身体に関することは自分で決めるという権利の意識が強いためでもある。歴史的にみれば、1874年から100年余りの間、天然痘の予防接種が義務とされていた時期があったが、その他の予防接種は(西ドイツにおいては)公的機関が勧奨し、接種を任意として、啓発活動に力が入れられてきた。同時に、予防接種を促進するため、公的に勧奨された予防接種は、医療保険がその費用を全額負担している。本稿は、ドイツにおける予防接種の制度の大枠を紹介することを目的とする。最初に、予防接種の制度の法的枠組み(Ⅱ)を紹介し、予防接種被害に対する補償の枠組みについては章を改めて述べる(Ⅲ)。続いて、予防接種の義務化をめぐる経緯(Ⅳ)、予防接種率を高めるための政策(Ⅴ)の概要を紹介し、最後にドイツの制度の特徴(Ⅵ)を考察する。予防接種の制度の大枠は、感染症防護法2)に規定されている。また、費用負担については社会法典第5編―公的医療保険法―3)の規定が適用されるなど、関連する他の法律もある。本章では、最初に、予防接種の制度の大枠を規定する感染症防護法の概要を、続いて予防接種に係る法的枠組みを紹介する。感染症防護法は、公衆衛生の向上を目的として、感染症の予防措置・防護措置を定める法律である。ドイツの憲法(Grundgesetz)は、生命・身体の不可侵性の権利を定めており(第2条第2項第1文)、この規定から、個々人の健康を感染症から保護する国家の義務が導かれるとされる4)。他方で、感染症対策は個々人の自由を制約することから、自由の制約の度合いと公衆衛生(公共の福祉)が衡量され、公共の福祉の方が重要と判断されれば、個々人の自由の制約国立国会図書館調査及び立法考査局 調査企画課 主査渡辺 富久子Watanabe Fukuko感染症対策による自由の制約Ⅰ. はじめに特集:諸外国における予防接種についてドイツにおける予防接種の法的枠組みⅡ. 予防接種の制度の法的枠組み1. 感染症防護法の概要(1) 公衆衛生の向上 vs.
元のページ ../index.html#4