健保連海外医療保障_No.132_2023年9月
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世界最初のワクチンは18世紀末にイギリスで開発された。2020年にCOVID-19のワクチンの広範な使用を世界で初めて承認したのもイギリスである。イギリスでは長く予防接種に向き合ってきた歴史がある。また、NHSの原則をまとめた『NHS憲章』では、医療従事者と患者や国民が医療・健康とどう向き合うべきかが示されている。国民にもNHSを支える一員として果たすべき責任・役割がある、と位置付けるイギリスで展開される予防接種政策と、それを取り巻く制度や仕組みから、日本では希薄な「患者の権利・責任」といった意識についても考える。諸外国における予防接種について健保連海外医療保障 No.1323618世紀末、イギリス人医学者エドワード・ジェンナーが種痘法を開発し、天然痘の予防に成功した。これが世界最初のワクチンであり、ジェンナーは近代免疫学の父とも言われている。その後イギリスでは、Vaccination Act of 1853(=1853年予防接種法)が成立したことにより、イングランドとウェールズにおいては、3か月以下の乳児天然痘の予防接種が義務化された。それから約150年後、1946年と1947年にNational Health Service Act(=国民保健医療法)が成立したことで、19世紀に成立した全ての予防接種に関する法律は、国民保健医療法に置き換えられた。その際、それまで接種が義務であった予防接種は、各家庭の意思に委任する形での接種となった1)。そして1948年には、同法に基づいて現在まで続くイギリスの医療保障制度である、National Health Service(以下NHS)が誕生した。NHSでは、すべての国民は自身がケガをしたり病気にかかったりした際、最初に受診するGeneral Practitioner(以下GP)と呼ばれる総合医のいる診療所を登録している。原則として、国民はGPの診察を受けなければ、病院で手術などの高度な治療や検査(二次医療)を受けることができない。その財源の大部分は国の一般財源で賄われており、GPや病院の専門医による診療は原則無料となっている。これは予防接種においても同様であり、国が設定した定期予防接種や特定の予防接種に自己負担はない。また、NHS設立に強い影響を与えた『ベヴァリッジ報告』は、世界の社会保障制度にも影響を与えたと言われているが、同書の中で医療保障制度は、貧困を無くすことを目的とした社会保障制度には組み込まれていない。医療保障制度による健康維持は、社会保障制度を実施するための前提となる3つの仕組みの内の1つとして位置付けられている。残りの2つの仕組みは雇用の維持と児童手当である。つまり、社会保障制度を実施するにあたり、健康を維持することで労働を可能にし、子どもがいる家庭には別途生活費を給付することにより、一定程度の生活水準を確保することを前提としているのである。山口大学准教授田畑 雄紀Tabata YukiⅠ. はじめに特集:諸外国における予防接種についてイギリスの予防接種政策および患者の権利と責任

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