健保連海外医療保障_No.132_2023年9月
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25健保連海外医療保障 No.132はじめに、予防接種の「義務」の法的な位置づけを整理しておきたい。予防接種を義務とすることは、予防接種をめぐる個人の判断や選択に影響を及ぼす。つまり、接種義務によって個人の自由が一定程度制約され、それが侵害される可能性がある。また、接種後に望ましくない事象が生じる場合があるため、対象者に一定のリスクを負わせることにもなる。このため、予防接種を義務とすることについては、法制度的にも慎重な検討が求められると考えられる。フランスでは、予防接種の義務は次のように整理されている。まず憲法との関係においては、予防接種義務は、第四共和国憲法の前文に定められた「国はすべての国民に対して健康の保護を確保する」という責務を果たすための医療政策上の対応策と考えられている。これについては、予防接種義務は憲法に反しないとする憲法院の判決が示されている(Hurel 2016:15, 18)。また、予防接種をめぐっては、集団の利益(社会が守られること)と個人の利益(個人の自由が尊重されること)が対立する場合がある。これについては、保健担当省保健総局によって「予防接種義務は公共の利益にこたえるものであるが、個人の自由と身体の完全性を侵害する。公共の利益が個人の自由に勝るが、個人の自由に対する重大な侵害である限り、立法者のみが予防接種義務を規定する権限を有する」との見解が示されている(Hurel 2016:15)。つまり、必要なワクチンの接種を義務とすることには憲法上の問題はないが、個人の自由を侵害するものであることから、誰に対してどのようなワクチンの接種を義務とするかは、国会の場で民主的に議論され、法律により定められるということになる。なお、ワクチンの「推奨」は後述のように高等保健機構(HAS)により定められる。2018年社会保障財政法によるワクチン接種義務の拡大により、長らく課題であった予防接種の「義務」と「推奨」のあいまいさは解消された。今日の予防接種政策における「義務」と「推奨」との関係は、次のように整理することができる。まず、感染症予防の観点から重要なワクチンの接種はHASによって「推奨」と位置づけられる。そのなかでも、保健医療政策上、接種の必要性が高いとくに重要なワクチンについては法律によって接種が「義務」とされる。公衆衛生法典において定められている予防接種義務はどのように履行されるのであろうか。接種義務が課されているワクチンは生後18か月までの乳幼児に接種する必要があることから、義務の履行においては親の役割が重要になる。これについては、公衆衛生法典L3111-2条の第2項において、①親権者あるいは未成年者の後見人は接種義務を実行する責任を負っていること、②学校、託児所、林間学校あるいはその他の児童集団での受け入れにおいては予防接種義務の履行を証明するものを提供しなければならないことが定められている。義務とされた予防接種が適切になされていない児童であっても学校や託児所等に暫定的に受け入れられるが、未接種の義務ワクチンの接種は児童の受け入れから3か月以内に実施されなければならない。学校や託児所等への児童の受け入れが1年以上に及ぶ場合は、予防接種義務の履行状況の確認は毎年行われる。一方で、予防接種義務の不履行は刑法に抵触する可能性がある。刑法典の227-17条には義務の不履行に関して、「父親あるいは母親が、正当な理由なく、その未成年の児童の健康、安全、道徳性あるいは教育を損ねるほどまで法的な義務を逃れることは、禁固2年および30,000ユーロの罰金の罰を受ける」と定められており、予防接種義務の不履行はこの理由となりうる(Hurel 2016:19)。なお、かつては公衆衛生法典においても予防接種義務の不履行に関する罰則が定められていたが8)、2018年社会保障財政法によって予防接種を対象とした罰則は廃止されている9)。(2)接種義務の効果1. 予防接種の義務(1)接種義務の法的位置づけ

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