フランスの予防接種制度はさまざまな課題に直面しており、接種率の向上が保健医療政策における重要な課題となっている。近年、予防接種の義務が拡大されるなど、予防接種政策には大きな変化がみられる。フランスでは、大部分の予防接種は医療保険の給付として行われているが、あわせて、無料で予防接種の機会を提供する予防接種センターが各地に存在する。本稿では、フランスの予防接種をめぐる制度的枠組みと実施体制について検討し、予防接種政策の現状と課題を明らかにする。これらの検討をふまえて、予防接種と市民、医療保険および医療専門職との関係に着目して予防接種のあり方について考察する。諸外国における予防接種について健保連海外医療保障 No.13220予防接種は感染症から人々を守り、社会における感染症の流行を防ぐための有効な手段である。フランスの保健医療政策においても予防接種は重要な役割を担っているが、一方で、さまざまな課題に直面しており、2010年代には予防接種率の低下がみられようになった。状況を改善するためには、一部の人々の間でみられる予防接種やワクチンに対する懸念や不信に対応する必要があると考えられ、予防接種政策を通じて予防接種やワクチンに対する国民の信頼を獲得し、接種率を高めることが目指された。このようななか、2018年からワクチンの接種義務が拡大され、予防接種政策は強化されている。さらに2020年からの新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経て、予防接種のあり方を改善するための新たな方策が導入されている。本稿は、フランスにおける予防接種政策の現状と課題を明らかにすることを目的とする。フランスでは、大部分の予防接種は医療保険の給付として実施されているため、医療保険および保険者の位置づけや役割にも注目して検討を行う。なお、新型コロナウイルス感染症への対応や予防接種の実施状況等については、紙幅の関係上、本稿における検討には含めないこととする。新型コロナウイルス感染症のための予防接種については、予防接種政策全般の検討のなかで、推奨される予防接種の一つとして触れるにとどめる。今日のフランスの予防接種制度には、国民の健康保護と公衆衛生の向上のために長年にわたって積み重ねられてきた政策努力や未達成の政策課題による影響が色濃く反映されている。このため、現状の予防接種制度について検討するためには、予防接種をめぐる政策の歴史的背景を理解することが不可欠である。以下では、最初に本稿の検討において必要な範囲に限定し、予防接種政策の歴史を概観する。つづいて、予防接種の実施状況と近年の政策動向についてみていく。大分大学教授松本 由美Matsumoto YumiⅠ. はじめに特集:諸外国における予防接種についてフランスにおける予防接種Ⅱ. 予防接種の概要
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