健保連海外医療保障_No.132_2023年9月
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15健保連海外医療保障 No.132の犠牲者である旧軍人に対して医療や年金等の受給権を与える制度(戦争犠牲者援護法)であったが、次第にその対象が拡大され、現在は、暴力行為の被害者、旧東ドイツの国家による不法(Unrecht)の犠牲者、予防接種被害者等についても、同法に準じた補償が行われている79)。予防接種を受けるということは個人の健康のためであると同時に、集団免疫を高めるためにも必要であることから、予防接種被害に対しては国家が責任を持つべきであるという考えが明確にされている。他方で、COVID-19の予防接種の例にみたように、健康被害を認定されるのは難しいという、健康被害認定の運用がある。ドイツでは、集団免疫の獲得に必要な接種率を目標に掲げながらも、接種は原則として任意である。身体・健康に関する事柄は各人で決定するという考えが国民の間で共有されているため、総じて、義務化するよりも、啓発活動に力点を置いて接種率を上げる方策が採られている。特例として、接種率が上がらず必要な場合には、麻しん(2020年〜)やCOVID-19(2022年3〜12月)の例にみられるように、対象者を限定し、必要最小限の範囲・期間で接種義務が課され、制裁規定も設けられている。ドイツでいう「予防接種の義務化」は、就園・就学時や就職時に予防接種の記録を確認するという方法で、接種に意識を向けさせることにより行われている。2015年の病気予防法では、就学時に医師が予防接種の記録を確認し、予防接種について助言を行う制度が導入された。医師による助言という点は、表向き任意性を強調していることを感じさせるが、実質的には義務化に近いものとも考えられる。接種は任意であるとしながらも、近年は接種率の落ち込みがないよう、接種の一層の促進が行われている。Ⅴでみたように、ドイツにおいては、予防接種の実施に責任を有する州の政治家も、接種率引上げのために積極的に発言し、専門家を含む多様なアクターが参加するカンファレンスを開催するなど活動している。特に、麻しん・風しんの接種率を上げるための政策プログラムの策定・実施は1990年代末から継続的にあり、様々な努力が重ねられてきた。その結果、2020年に風しん撲滅には至ったものの、麻しんについては十分な接種率に達しなかったため、同年に麻しん防護法が制定され、特定の者に接種が義務付けられた。このことは、政策による啓発のみでは限界があることを示しているが、予防接種に関する情報を多くの関係者間で共有し、予防接種の促進について確認し合うことには意義があると言えよう。公衆衛生が発達した現代において、予防接種の意義はどちらかといえば見えにくい。しかし、麻しんの再流行やCOVID-19の感染拡大をきっかけとして、感染症対策、とりわけ予防接種の重要性が再確認された。ドイツでは、概して接種を任意としながら啓発によって接種率を高める努力がなされている。しかし、その立法や政策の変遷をみると、必要な集団免疫を獲得・維持するためには相当の工夫・努力が必要であることが分かる。他方で、予防接種被害があった場合、健康被害を認定されるのが困難であるという実情がある。その結果、予防接種は自己責任という側面が一層強くなっているように思われる。予防接種の義務化をめぐる議論――身体・健康についての自己決定権――がドイツで活発に行われてきたことにみられるように、ワクチンの安全性を最大限確保した上で、個人・社会にとってのメリット・デメリットを衡量することが重要である。4. 様々なアクターの協働による政策の推進Ⅶ. おわりに3. 接種の任意性

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