健保連海外医療保障_No.132_2023年9月
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諸外国における予防接種について健保連海外医療保障 No.13212ずることができる69)。上述のように、ドイツ(西ドイツ)においては天然痘の予防接種が義務とされた期間は長く続いたが、それ以外は原則として任意接種とされてきた。集団免疫の低さが問題となった麻しんの予防接種に限り、2020年に義務化された。COVID-19については、18歳以上の国民全体に対する義務化も検討の俎上に上ったが、重症化リスクの高い者が集まる施設の従業員のみが義務の対象とされた。そのような施設の従業員は、接種したことまたは当該の疾病に罹患したことを証明する証書を学校長や施設長に提出しなければならない。しかし、学校長や施設長は、生徒や従業員に対して、その意に反して予防接種を受けさせることはできないため、この制度は「間接的な接種義務」とも呼ばれている。予防接種の義務化に対して反対派が大々的なキャンペーンを行うことは、19世紀から現在に至るまで変わらない。反対の理由としては、主に、各人が自身の身体に関する決定権を持っていること、予防注射の副作用により重篤な障害または死亡に至る可能性があることが挙げられる。ドイツにおける予防接種の歴史を詳細に研究したオルデンブルク大学のティーセン(Malte Thießen)歴史学教授は、予防接種の義務化のメリットとして、多くの国民が予防接種を受けることのみならず、国家もそのためのインフラ整備を行わなければならなくなり、十分な供給が行われることを挙げている。同教授は、接種の義務化に伴うデメリットとしては、元来反対派である者のみならず、国家が個人の問題に介入することを不快に思い、この問題に対して態度がはっきりしていない者をも反対派に動員してしまうことを挙げる。また、接種証明書を金で買う人が増えるということも19世紀からみられた現象であった。ティーセン教授は、このようなデメリットはメリットを上回るとする70)。ティーセン教授はドイツの経験を総括し、予防接種の義務を国民に遵守させたり、制裁を科したりすることに公費を使うよりも、広報や啓発活動に使う方がよいとする。例えばジフテリアの予防接種を任意とし、映画館やラジオ放送において広報したところ接種率は90〜98%であったが、義務として課していた天然痘予防接種の接種率は60〜80%であったという71)。それでは、予防接種を義務とせずに接種率を高めるために、ドイツはどのような政策を行っているのであろうか。本章では、国家予防接種カンファレンスおよび国家予防接種計画の概要を紹介する。国家予防接種カンファレンス(Nationale Impfkonferenz)は、州保健大臣会議の下で2年ごとに定期開催されるものである。その経緯および概要は、次のとおりである。感染症防護法によれば、州の保健省が、予防接種に関する情報提供・啓発について責任を有している。2007年、州保健大臣会議は、全ての関係者に予防接種の意義を喚起することが重要だとして、ラインラント・プファルツ州保健相の提案に基づき、国家予防接種カンファレンスを定期的に開催することを決定した72)。カンファレンスの目的は、全ての専門家団体および関係団体の間で定期的に情報交換を行うことと、持続的で効果的な予防接種のコンセプトを策定し、実施することである。カンファレンスでは、2日間にわたり専門家や研究者による講演・研究発表が行われ、政策担当者、医師、保健所職員、疾病金庫職員、製薬会社の担当者等が参加して意見交換や経験の共有が行われる。第1回カンファレンスは、2009年にラインラント・プファルツ州の州都マインツで開催された。以降、2年ごとにカンファレンスが開催されている。これまでのカンファレンスのテーマは、表6のとおりである。Ⅴ. 予防接種率を高めるための政策1. 国家予防接種カンファレンス5. 小括

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