65健保連海外医療保障 No.131に薬価引き下げのために立法措置を試みてきた。連邦政府による価格交渉が禁止されていることは、競合品が存在せず価格競争のない高額医薬品の価格抑制を図る上で障害となっており、薬価対策としてその見直しが求められていた。今回の改革により、メディケアのパートDとパートBにおいて償還対象となっている一定の高額医薬品について、保健福祉省長官は製薬会社との間で価格交渉を行うことを義務づけられた。価格交渉の対象となるのは、競合他社によるジェネリック医薬品やバイオシミラー医薬品が存在しないブランド医薬品およびバイオ医薬品である40)。メディケア・パートDとパートBの給付において高い割合を占める50品目の医薬品の中から交渉対象が選択される。2026年はパートDの中から10品目、2027年はパートDから15品目、2028年はパートBとパートDからそれぞれ15品目、2029年以降はパートBとパートDからそれぞれ20品目が対象となる。ただし、食品医薬品局(FDA)の承認から7年未満のケミカル医薬品、FDAの許可から11年未満のバイオ医薬品は価格交渉の対象から除外される。これは、価格交渉の導入により、薬剤開発のための投資回収ができなくなるという製薬会社の懸念に対応した措置である41)。交渉価格が適用される医薬品の数は、毎年、拡大していくこととなる。なお、連邦政府による価格交渉が導入されたものの、メディケアでは、薬価抑制の手段として、ジェネリック医薬品やバイオシミラーの開発による価格競争を重視している。このため、ブランド医薬品の代替となるジェネリック医薬品等が認可され、販売される可能性がある場合、保健福祉省長官は、当該医薬品に関する交渉を最大2年まで延期することができる。保健福祉省長官と製薬会社との交渉では、まず基準額として薬価の上限額が設定される。これは上限公正価格(MFP : Maximum Fair Price)と呼ばれる。MFPは、パートDに関しては、「医薬品の前年の支払価格の加重平均」または「当該医薬品の平均仕切価格(AMP : Average Manufacturer Price)の一定割合」のうち42)、低い方の額となる。パートBに関しては、「医薬品の平均販売価格(ASP)」または「当該医薬品の平均仕切価格(AMP)の一定割合」のうち、低い方の額となる。価格交渉の対象として医薬品が選定されると、保健福祉省長官と製薬会社との間で交渉が行われ、最終的なMFPが決定される。交渉過程において、製薬会社は、メディケアが設定したMFPに対して根拠資料を提示し、反論を行う機会がある。法律上の規定によれば、保健福祉省長官は、製薬会社との交渉にあたって以下の要素を考慮するとしている43)。① 医薬品の研究開発費、製薬会社が研究開発費をどの程度回収しているか。② 既存の治療薬と比較して、当該医薬品がどの程度治療上の進歩をもたらすか。③ 障害者や高齢者、末期患者などの特定の集団に対する効果を考慮した、当該医薬品の比較有効性。④ 既存の治療法では治療や診断が十分に行えない疾患に対して、当該医薬品が医療ニーズをどの程度満たしているか。2026年1月1日に交渉価格が適用されるパートDの医薬品10品目については、2022年6月1日から2023年5月31日までの12か月間の支出データに基づいて2023年9月1日に交渉対象となる10品目が発表される。保健福祉省長官と製薬会社との交渉は2023年10月1日から2024年8月1日の間に行われ、MFPは2024年9月1日までに公表される予定である。MFPが設定された医薬品は、パートDが提供するすべての保険プランで償還対象とすることが義務づけられる。パートBでは、価格交渉が行われた医薬品についてMFPの106%でメディケアから支払いが行われる。薬価対策として連邦議会に提出されたが廃案となった過去の法案(Elijah E. Cummings Lower Drug Cost Now Act)とは異なり、交渉価格はメディケアが支払う薬価にのみ適用され、民間保険会社が支払う薬価には影響しない。
元のページ ../index.html#68